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国際ロータリー 第2580地区中央分区

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「出会いに始まるクラブ奉仕」

卓話 公開日 :

「出会いに始まるクラブ奉仕」

卓話者:米山奨学委員会 委員長 小原武夫

ロータリー米山記念奨学事業について

ロータリー米山記念奨学会は、勉学、研究を志して日本に在留している外国人留学生に対し、日本全国のロータリアンの寄付金を財源として、奨学金を支給し支援する民間最大の奨学団体です。 年間の奨学生採用数は950人、事業費15億643万円(2023~24年度決算)と、国内では民間最大の国際奨学事業となっています。これまでに支援してきた奨学生数は、累計で24,830人(2025年7月現在)。その出身国は、世界131の国と地域に及びます。

世話クラブとカウンセラーの役割

奨学生には単に奨学金を支給するだけでなく、人生経験豊かなロータリアンが1対1でカウンセラーとしてケアにあたります。また所属する世話クラブ全体での交流を通じて、奨学生はロータリー精神を学び、その活動や日本人の心に触れる機会が得られます。 このようなロータリーとの交流を通じて、奨学生として相応しい学生に導き育てることも、世話クラブおよびカウンセラーの役割です。

世話クラブで行われること

米山奨学生は月に1回例会へ主席
・奨学金の受け渡し
・スピーチその他、親睦活動・奉仕活動への参加など

米山奨学生:カプリオリ・ニコルさん
・カウンセラー:小原武夫
・受け入れ奨学年度 (2021.4~2022.3)
・氏名:CAPRIOLI NICOLE カプリオリ ニコル (女性)
・国籍:イタリア
・在籍学校:早稲田大学 修士2年 国際コミュニケーション研究

イタリア・ベネチア近くベネット州コルバネーゼ、出身(コルティーナ・ダンペッツオも近く)
彼女は本屋で俳句と出会い、日本語を独学し、2015年8月、日本に一か月滞在。2016年9月~2019年9月、Ca’foscari university of venice

アジア・北アフリカ研究部、アジア・北アフリカ言語文化社会研究科 学士課程。

2019年4月~9月、慶応義塾大学留学。2020年4月、早稲田大学 国際コミュニケーション研究科 修士課程に学ぶ。

日本とイタリアの文化の懸け橋になりたいと来日され、早稲田大学国際コミュニケーション研究科 修士課程に学ぶ。

2022年2月14日にはバレンタインデーについて卓話をしていただきました。「日本では女性から男性にチョコをあげるのが一般的かと思いますが、イタリアでは男性から女性にチョコを渡すのが一般的です。以前の 卓話で、クリスマスの起源がイタリアであることはお話ししたと思いますが、バレンタインの起源も同じくイタリアでキリスト教と深く関わっています」と バレンタインの歴史について諸説ある中で一番一般的な説をお話し頂きました。

3月14日の例会の於いて、米山奨学生終了に関し感謝のご挨拶を頂き、相澤会長より結婚を祝して花束が贈呈されました。

2024~25 榎本 孝之会員カウンセラー
デスクリベルララルデ プリンサ(仏)さんを、奨学生としてお迎えしました。フランス語のレッスンの時間など、 親しく交わりの時間も過ごされたようです。

沖縄の首里城は残念なことになりましたが、この秋には、美しい姿を見ることができそうです。
この首里城は大正末期に取り壊されることが決定していた。その時首里城は琉球王国崩壊から40数年経たまま崩れかかっていた。 国家神道を浸透させようとする明治政府の方針にもとづき、首里城正殿を取り壊し、ここに沖縄県社を創建する案がいよいよ本格化しようとしていた。

香川生まれの鎌倉芳太郎という琉球芸術を研究する20代半ばの青年が、取り壊し阻止のために動き、さまざまな幸運が重なり、難を逃れることになる。首里城の保存が決まり、「国宝」の指定を受け、昭和初期に、大々的な修理もなされ、城はよみがえった。しかしそのあとの戦争で何もかも破壊されてしまった。

大正7年に設立された財団「啓明会」の支援により「琉球芸術調査」。
鎌倉芳太郎は、啓明会からの資金援助により、カメラ、ガラス乾板、現像のための薬品などをそろえることができた。高温多湿の沖縄で建造物、絵画、工芸品など多数撮影。事実、鎌倉が撮影した千数百点のガラス乾板の大半は、約半世紀のあいだ鎌倉のもとに保管されることに、その鮮明な画像は見事に保たれていた。

啓明会は、実業家の赤星鉄馬が100万円(現在の貨幣価値で20億円余り)を寄付して設立された財団です。赤星家はケタハズレの富豪として名をはせたが、財産を築き上げたのは鉄馬の父・弥之助である。赤星弥之助の兄は13歳の時に薩摩藩留学生、長沢鼎・ナガサワカナエ(薩摩スチューデント西へ、林望 ハヤシ・ノゾム著)19名の1人として、森有礼・モリアリノリらとともにイギリスにわたったのち、アメリカに移住し、ワイン醸造を学び、カリフォルニアで広大なワイナリーを経営した。赤星弥之助は若くして才覚をあらわし、兄の留学仲間でもあった実業家・五代友厚に師事し、神戸港築港工事を請け負い大金を得る。のち、兵器のトップメーカー「「アームストロング社」と交渉し、エージェントの権利を手に入れることに成功、いらい、薩摩閥を中心とした人脈を背景に、明治政府の「御用商人」として莫大な資産を築き上げた。弥之助は明治37年に52歳で死去した。この時鉄馬は、米国留学中で、ペンシルベニア大学在学中はアメリカの財閥子弟と親しくし、富裕層ならではの華麗なエピソードも伝えられている。通算8年に及ぶ米国留学も父の死により家督を継ぐため帰国することに。

大正7年に創設された啓明会の特色は「「特殊の研究、調査、著作を助成」することにあった。ほかの研究機関ではなかなか取り上げられないテーマであっても、「独創的特異的」研究を積極的に支援していく、という方針を取り、とりわけ基礎的な文献や資料の収集、編纂、出版に力を注いだ。啓明会は近代日本の学術研究の基礎を築いたといってよく、設立当時は国内の全研究助成費の五分の一を占めるほどの大きな存在感を示した。財団に「赤星」の名を関することを固辞し、鉄馬本人ばかりでなく、赤星家関係者も会の運営には全く関わらない方針をつらぬいた。資金提供者からこれほどまでに独立した学術財団は世界的に見ても珍しいといわれる。今ではその存在は忘れ去られている。

さて、40年余り前になります、私がクラブ幹事の折。米山記念奨学生として台湾より来日された劉 宗其さんとは、在学中、さらに台南の成功大学勤務の頃からの交流が続き、学会などで来日される折には、お食事などをご一緒したり、小旅行をするなど、私達夫婦も台南をお訪ねしたり、家族ぐるみのお付き合いが続いています。ということで、お嬢さんの致妤(チユウ)さん(慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程)を我が家にホームステーされました。
オーストラリアからのブラッドレー・ルイス君を(当クラブで初めての交換留学生)我が家でもお預かりしてから、4名の留学生をお預かりしました。

国際ロータリーは、青少年育成のために、貴重な活動を続けています。受け入れクラブは、この貴重な活動の趣旨をしっかりと受け止め、親善大使として、できれば日本の文化になじめるよう、早い段階から日本語を習得できるような環境を整えて頂けるとよろしいですね。余裕をもって、受け入れの準備をクラブで検討し、対応できることが望ましいのですが、現状は誠に難しいです、そこをご家族で相談いただきながら、親善大使を育てていただけることを願って、本日のお話を終わらせていただきます。

卓話公開日 2026年 2月2日

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